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寒い!
by 札幌窓辺のねこ
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Alatristeで歴史!そのⅠ。
d0032633_5365537.jpg曲が良かったので、サントラを探した。
だが今はもう廃盤になってしまっているらしく、
Amazonでは出てこなかった・・・(2月10日現在では
中古が高値で出品されている)。
ドイツのサントラ専門店とタワー・レコードにあったので、
とりあえずタワーの方に注文した。
しかし、未だ来ない。
本当はこの記事をサントラ聴きながら書いてアップしたかったのだが、
賞味期限切れになってしまいそうなので、半分だけでも。
・・・もしかしてこの注文は流れてしまうのか?
ドイツに注文しなくてはならないのか?

実際にこの映画を鑑賞したのは1月15日である・・・・・。




“スペイン映画史上最も巨額が投じられた大作”と話題になっていたのは
何時の事だったか・・・2年以上前だったろうか・・・・。
公開が遅くなった理由を追求するまでこの映画を欲していた訳ではないので、
“そう言えば、アレはどうなってしまったのだろう?”と
ぼんやり思い出す程度でしかなかったのだが。
ともあれ、こうして無事公開されて、良かった良かった♪

Viggoがカッコ良かったのは言うまでもない016.gif
やはり壮大な物語を一本の映画にまとめるには
無理があったと言わざるを得ない。
まあ、一般的な映画論評は他にお任せするとして。
気になるのはこの物語の時代背景。
物語自体はフィクションとは言え、多くの登場人物や背景は“本物”なので、
いつもの事ながら調べたい!

時は17世紀前半。
無敵艦隊を擁し、“太陽の沈まぬ国”と隆盛を誇っていたのも既に過去。
ストーリーはフランドル地方での戦いから始まる・・・。
え?オランダ&ベルギー?
スペインがナポリ、シチリア、サルデーニャを持っていたのは知っていたが、
今のベルギーからオランダ辺りにかけても領土を持っていたのは
知らなかった・・・と言うか、忘れていた。
恐らく高校の世界史の授業で少しは触れていたのだろうが、
当時歴史にははっきり言って余り興味が無く、
好きな部分を所々読んだり聞いたりしていただけなので、記憶に無い。
スペインが南イタリアを支配していた事も、南イタリアに実際に行って、
或いはドメニコ・スカルラッティを知るに及び、
初めて理解した次第・・・・008.gif
と、昔の参考書や資料を引っ張り出して見ると。
“フェリペⅡ世の領土”としてしっかり色塗られている、ベルギー&オランダ辺りが。
嗚呼、情け無い・・・・・。
オランダ独立の歴史か。
その参考書にもアンダーラインが引いてあったりして
一応さらったはずなのだが、まるで記憶に無い・・・。
まあ、興味や好奇心があって勉強するのなら記憶に残るものだが、
そうではないのにテスト対策の為だけに暗記した事柄というのは、
その後かなりな速度で消滅していってしまうのが常だから・・・・。

まずは神聖ローマ帝国だったという事。
それ以前の経緯に触れると話が壮大になり過ぎるので・・・・。
中世、それ以前は貧しい田舎だったのが、
干拓や毛織物ギルドなどで農業・商業が飛躍的に進歩、
豊かな地方・都市が生まれ、神聖ローマ帝国の管理から次第に離れていく。
帝国に属しながらも
自治権を持つに等しい複数の領地で形成されるネーデルランド。
15世紀に入るとそれらの領地をまとめるブルゴーニュ公が登場。
そのブルゴーニュ公のマリーが神聖ローマ皇帝マクシミリアンⅠと結婚する事で、
ハプスブルク家の領土という事になる。
マクシミリアンⅠとマリーの孫、神聖ローマ皇帝カールⅤは
弟フェルディナンドⅠと領土を分割、
スペイン系ハプスブルク家とオーストリア系ハプスブルク家とに分かれる。
§スペイン系ハプスブルク家の系図
①カールⅤ(スペイン王カルロスⅠ在位1519~56年)=イザベル(ポルトガル王女)
②フェリペⅡ(1556~98)=メアリⅠ(英女王)
③フェリペⅢ(1598~1621)
④フェリペⅣ(1621~65)
⑤カルロスⅡ(1665~1700)

カルロスⅡの後は断絶、スペイン王権はブルボン家に渡ってしまう・・・・。
因みにフェリペⅡの妻の英女王メアリⅠ(1553~58)は
テューダー朝ヘンリⅧの娘。
つまり、あのエリザベスⅠ(1558~1603)の腹違いの姉だ。
ヘンリⅧの妻もスペイン王女カタリナ(カサリン)で、
彼女の姉妹ファナはマクシミリアンⅠの息子・オーストリア大公フィリップ(カスティリヤ王フェリペⅠ)と結婚している。
と、みっしり絡み合う欧州王家の系図、複雑にして面白い。
話が逸れた。
スペインは絶対的カトリックの国なので、勿論、ネーデルランドにもそれを強要する。
だが、折しも宗教改革の波。
ルターが“95か条の論題”を発表したのが1517年。
カールⅤがルターを追放し、引き続きフェリペⅡも
特に北部ネーデルランドに多かったプロテスタントを弾圧する。
しかも度重なる戦争で破綻していたスペイン国庫を潤す為の搾取。
独立の気運が高まるのも当然だろう。
1568年、オラニエ公ヴィレムⅠを指導者に頂き、独立運動が始まる。
反乱側とスペイン側、押したり引いたりで色々だったが
まず1579年にユトレヒト同盟によって北部7州が結集、1581年に独立宣言。
英国やフランスの援助を受けてでも独立したいネーデルランドと
何とかスペインに対抗したい為にそれを利用しようとする英仏の思惑もあり、
1609年には12年休戦条約が結ばれる。
休戦後はネーデルランド独立だけではなく欧州全体で繰り広げられた30年戦争。
1648年ヴェストファーレン(ウェストファリア)条約内のミュンスター条約によって
ネーデルラント連邦共和国の独立が正式に認められる。
しかし、この時点ではまだ南部ネーデルランド(今のベルギー)は
依然として神聖ローマ帝国・・・・。
現在のオランダ若しくはベルギーの形になるまでは
フランス革命やナポレオンの時代を乗り越えるあと150年以上を要する。
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by micak | 2009-02-10 05:44 | 雑学
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