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by 札幌窓辺のねこ
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レジスタントな南仏?そのⅠ。
d0032633_63149100.jpg仏語クラスでは最近、GRについての話をしている。
GR(Sentier de Grande Randonnée)とはフランス各地(時には近隣諸国にも跨る)に在る、
トータル6万㌔にも及ぶ詰まる所ハイキング・ロードの様なものである。
(と言うか、今調べてみたら、“欧州ハイキング協会”というのも在る。
フランスに限らず、全欧州規模。まあ、確かに陸続きだから、歩いて行ける・・・。)
此処ではとりあえずハイキングと言っているが、
手軽な日帰り遠足ルートから数ヶ月掛かる・険しい岩登りも含まれる難しいルートも含まれ、
トレッキングとも言えるので、表現が難しい・・・・。
兎に角、バッグパック背負って歩く旅のルートという事で、
例のサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路(GR65&GR653)も含まれる。

初めはコルシカ島の有名なGR20の話題だったのだが、
次に話題に登ったのはセヴェンヌの“Chemin de Stevensonスティーブンソンの路(GR70)”。
Robert Louis Balfour Stevensonスティーブンソンとは“宝島”や“ジキル博士とハイド氏”で有名なあのスコットランドの作家である。
スティーブンソンが旅好きだったのはうっすら知っていたが、
南仏も旅していて、旅行記“Travels with a Donkey in the Cévennes”を著し、
しかもそのルートが今もGRとして残っているとは!
それは兎も角。
セヴェンヌって具体的に何処だ?
何か歴史で出てきた様な・・・。
と、考え出すと頭はその史実が何だったか思い出すのに一生懸命になってしまい、
心其処に在らず、GRなんてどうでもよくなってしまった・・・・(仏語の先生、ゴメンなさい!)
そして何時もの如く、昔の世界史参考書やら資料やら引っ張り出し、Wiki!



d0032633_4284693.jpg
地図上ではこの辺り、Lozèreロゼール、Gardガール、Héraultエロー、Aveyronアヴェロン、Ardècheアルデッシュ5県に跨る山地で、グレーのゾーンはParc national des Cévennesセヴェンヌ国立公園だ。
もっと寄った地図では。
d0032633_4342391.jpg
つまり、冬のヴァカンスで訪れた所とそう離れていないという事だ・・・。

“レジスタント”と思った史実その1。
La guerre des Camisardsカミザールの乱(セヴェンヌの乱)。
時は太陽王・ルイ14世の時世、乱は1702年から起こり、2~3年続く。
簡単に言うと、南仏に残る新教徒が弾圧に対して蜂起したという事なのだが。
これを語るにはユグノー戦争、ナントの勅令等に触れなくてはならない。
中世末期、カトリック教会の世俗化・腐敗に警鐘を鳴らし、
反省を求める運動がやがて宗教改革となる。
16世紀のルター(独)が旗手となり、カルヴァン(仏)によって引き継がれ発展、
プロテスタントは急速に欧州全体に広まった。
当然各地でカトリックとプロテスタントの対立が起こる(単純に宗教の問題ではなく、
政治的利害関係が色々絡む)。
だが、国政の安定の為には宗教は統一されなくてはならない。
で、時の王シャルル9世の母后カトリーヌ・ド・メディシス(シャルルはまだ幼かったので彼女が実権を握る)が
王権伸張の為に新旧両派を煽り、1562年、ユグノー戦争が勃発。
旧教をローマ教皇・スペインが、新教を英・独・スイスが押したので、36年も続く宗教内乱となった。
1572年8月24日の“Massacre de la Saint-Barthélemy聖バルテルミーの虐殺”は特に有名で、映画“王妃マルゴ”が思い出される。
1598年4月30日、アンリ4世が信仰の自由を謳った“Édit de Nantesナントの勅令”を発布、戦争は終結をみる。
ところで、このアンリ4世はシャルル9世の弟アンリ3世の次の代の王だが、
ヴァロワ家ではなくブルボン家ナヴァール王で元新教派。
(この辺りの王位継承問題も紐解く必要があるのだが、
今此処でやってしまうと深沼になってしまうので、それはまた別の機会に。)

そしてひとたび平和が訪れ、フランスの絶対王政が固まりつつあったのだが。
1685年10月18日、ルイ14世は“Édit de Fontainebleauフォンテーヌブローの勅令”を発し、
折角のナントの勅令を廃止してしまう。
つまり、再び新教派が排斥・弾圧される時代となってしまった・・・。
というのがカミザールの乱の背景。
カミザールとは新教派の着ていたシャツを表すとか“路”の意味だとか“夜襲”の意味だとか諸説在る。
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by micak | 2007-09-04 04:36 | 雑学
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