トップ

寒い!
by 札幌窓辺のねこ
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
“300”ついでに古代ギリシャ、そのⅠ。
d0032633_5245712.jpg欧州で随分話題になっていたので、気になっていた“300”。
こういう類は、是非とも映画館で観なくては!

・・・・人は、“この映画を史実として観てはいけない”と言う。
だが、“時代劇”好き・歴史に興味のある者としては、
どうしてもまた調べたくなってしまう・・・。
それに、そうは言っても結局史実に基づいた話なので、仕方が無いではないか・・・・。
そう。
スパルタと言えば、アテネのライヴァルの小国で、
貧しくとも強い国家を維持する為に独特の厳しい軍事訓練を国民に課し、
それが今の“スパルタ教育”の語源となっている、位の知識しか無いのだ。
うう。
西洋文明を理解するにはその根源となるギリシャ神話とキリスト教を知る必要があるのだが。
キリスト教に関しては、ほんの少し見てきている、あくまで表面的ではあるが。
だがギリシャ神話となると・・・・しばしば絵画の題材になっているのがぼんやり分かる程度である。
ホメロスもまだきちんと読んでいない。
ソクラテス?サッフォー?
その他についても、アルキメデスがギリシャ領だったシチリアの出身だという事を知っている程度である。
ええと。“トロイの木馬”って何時の話だったっけ?
アレキサンダー大王が登場したのって何時だったっけ?
嗚呼、全然駄目。情けない!



“300”は実際にあった、ギリシャはΘερμοπύλαιテルモピレー(テルモピュライ)での戦いの話を基にしている。
当時地中海世界は(アテネやスパルタを初めとする数々の都市国家ポリスから成る)ギリシャとペルシアで二分されていた。
当然、その二大勢力は我こそが、と衝突した。
紀元前492年から同449年までの間にهخامنشیانアケメネス朝ペルシア帝国(BC550-BC330)が3度遠征、
ギリシャ“連合軍”と戦った。
それをペルシア戦争と言うらしい。
d0032633_741876.jpg
①ΔαρεῖοςダレイオスⅠ世の遠征
紀元前490年9月(8月?)のΜαραθώνマラトンの戦いが有名、ギリシャ側の勝利。
ギリシャ兵が駆け足でペルシャに奇襲をかけたというのが“マラソン”の起源となる。
②ΞέρξηςクセルクセスⅠ世の遠征
紀元前480年8月のテルモピレーの戦いではペルシア側が勝つが、
一ヵ月後のサラミスの海戦で敗退。
ギリシャ側がΣαλαμίςサラミスで勝てたのは、テルモピレーでのスパルタンの活躍があったから。
③総司令官Μαρδόνιοςマルドニオスの遠征
紀元前479年8月、Πλάταιαプラタイアの戦いでマルドニオス戦死、ペルシア敗退。
だがその後も小競り合いは続き、同448年に和睦、よって戦争終結。

ざっとこんなカンジ。
(しかしながら。有名な戦いは何時も夏・・・何故なのだろう・・・?)

・・・・そもそも当時のギリシャの地理が分かっていない。
d0032633_6533769.jpg

分かり難いので、部分アップ。
d0032633_6595386.jpg

こうして見ると、Σπάρτα/Σπάρτηスパルタ~テルモピレー間、アテネ~マラトン間の距離感覚とか、
“Αρκαδίαアルカディア”が何処なのかがよく分かる。

ギリシャ“系(アテネはΙωνίαイオニア人、スパルタはΔωριεύςドーリア人)”の人々は自らをヘレンの子孫“Hellenesヘレネス”と呼び、その国土を“Hellasヘラス”と呼んだ。
そして言語の異なる異民族をひっくるめて“βάρβαροςバルバロス”と呼んだ。
ペルシア戦争をヘレネス対バルバロスの争いと言ってしまうのはいささか乱暴で、
厳密には正しくないかも知れないが、素人が概要を知るには便利なまとめ方だ。

その昔、歴史の授業で出てきた“ヘレニズム”という言葉はなんとも抽象的で掴み所無く苦手だったが。そうか、此処から来ているのか!
因みにこの言葉自体はギリシャが素でありながら、
今現在実際にはもっとオリエンタル(東方)なテイストを持つ。
それはΜακεδονίαマケドニアのΜέγας Aλέξανδροςアレキサンダー大王がフェニキア&エジプト、更にはペルシア帝国を滅ぼして大帝国として統一、
東西の世界を結び付けたからだそう。
英語の“Barbarian・・・野蛮人”の語源も此処にある!
蛇足ながら。
アテネの様に経済力があった訳でもなく、スパルタの様に軍事力に秀でていた訳でもない田舎であったアルカディアだが、
後に平和で牧歌的な楽園、田園、桃源郷といったイメージになり、現在の英語“Arcadia”はそういう意味を持つ。

※資料: Wikipedia日/英/仏語版、帝国書院ユニバーサル新世界史資料、旺文社研究世界史
※人名・地名を古代ギリシャ文字で表記してみたかったが、文字化けする幾つかは放置。

[PR]
by micak | 2007-07-01 06:49 | 映画
<< 本日のKimi☆【第8戦、フラ... “サン・ジャックへの道Sain... >>


Remarque!

★メインサイト、
Mica's Websiteはこちら!


UNICEF for Children;
Unite against AIDS Campaign

チームマイナス6%に参加しましょう!






Villarreal C.F.
Arsenal
Kimi
Stéphane
最新のトラックバック
三月の雨/三月の水
from オン・ザ・農道。
ブログ消滅!?ココログ終..
from ココログ終了のお知らせ!?
「宮廷画家ゴヤは見た」(..
from シネマ・ワンダーランド
冬の旅行
from 冬の旅行
開花する・・・・?
from Mot, Palavra, ..
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ライフログ
カテゴリ
タグ
(104)
(85)
(85)
(67)
(60)
(45)
(42)
(41)
(35)
(34)
(33)
(28)
(27)
(25)
(23)
(18)
(17)
(14)
(12)
(11)
以前の記事
フォロー中のブログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧